【気学】「六十四卦物語ー3:水雷屯(すいらいちゅん)」

前回からの、不思議なお爺さんと、二人のお嬢さんとの話の続きです。元気なお嬢さんの「卦」は、「坤為地(こんいち)」でした。その後、3人は、出町柳の桝形商店街「ふたば」で豆餅を買えたのでしょうか?そして、もう一人のお嬢さんは、どうなったのでしょうか?不思議なお爺さんは、彼女に、どう接していくのでしょうか?

ここは、鴨川デルタ。

3人が、手に「豆餅」を持って、仲良く座っています。

ふぅ~~~、豆餅を買うのは、大変じゃったな。
お嬢さん方のお陰で、無事、買えたは良いが、あんなに並んでいるとは思わんかったよ。
しかし、久しぶりに食べるが、やはり美味いのう。・・・
お嬢さん方に頂いた豆餅2つが、すぐ無くなってしもうた。

ふふふ・・・、
お爺さんに喜んでもらえて良かったです。
並んだ甲斐があったわ。
でも、並ばなくても買う方法があるの。

ええ?
どうするんじゃ?

デパ地下よ。デパ地下。
タイミングさえ合えば、大丈夫よ。
但し、お店のように、全ての種類があるわけでは無いけど。

ほう~~~・・・
便利な世の中になったもんじゃ。
さ~~て、おしとやかなお嬢さん、どうなさる?
易の卦を立ててみられるかのう?

してみたいけど、勇気が・・・・
私、すぐ他人の意見に左右される性質なので。・・・

私が、代わりに「サイコロ」を振ってあげようかな。

これこれ、元気なお嬢さん、それは駄目じゃよ。
ルール違反と言うものじゃ。

人は迷うもの。
占いと言うものは、目に見えない思いや気を、目に見える形で表面化する作業でもあるんじゃ。
その時々の選択を確認するために使われるものでもあるんじゃよ。

お爺さん、もし占って悪い結果が出れば、どうすれば良いのですか?

それは、その選択をしたら、悪い結果が出る可能性が高い、と言うこと。
つまり、やらねば良い。
でも、どうしてもやりたいなら、十分、注意して、やるしかないじゃろな。
たとえ、占いの結果が悪いとしても、本人がすると決めた以上、他人は、止められないからのう。
自分の人生じゃ。
人生は、選択の連続じゃよ。

そうですね。
お爺さんの言う通りです。
私、今、就職の事で、とても悩んでいます。
2つの会社から内定を頂いたのですが、どちらにするか決めかねているのです。
このところ、ずっと悩み続けています。
悩み続けて、しんどいです。
お爺さんに会ったのも、何かの御縁でしょうから、思い切って、占ってみます。

凄いわ。
勇気、ある!
さあ、サイコロを振って!

これこれ、そう急(せ)かすものではない。
先ず、心を落ち着け、呼吸を整えて、願い事に集中してからじゃよ。
「急いては、事を仕損じる」じゃよ。

こうして、おしとやかなお嬢さんは、深呼吸をして目をつぶりました。その真剣な表情から、彼女が、物凄く悩んでいることが読み取れるかのようでした。周りには、人も居ず、地面に置かれたハンカチは、少し風が吹いているにも関わらず、そよとも動きません。

「えい!」と、彼女が、声を発しました。そして、サイコロを振りました。

ハンカチの上に、漢字の書かれたサイコロが2つ、漢数字の書かれたサイコロが1つ、転がって止まりました。

䷂ 

それを見たお爺さんは、難しい顔になりました。

お爺さん、どうしたの?
物凄く顔が怖いです。
もしかして・・・?

えぇ?
やっぱり、悪いんですね。・・・・

うなだれる、おしとやかなお嬢さん。

それを見ていたお爺さんは、おもむろに口を開きました。

う~~む。・・・「水雷屯(すいらいちゅん)」か・・・
お嬢さん、これは、一筋縄ではいかんのう。
この卦は六十四卦の中でも、「四大難卦(よんだいなんけ、若しくは、よんだいなんか)」と言って、言うならば、「ワースト4」の中のひとつじゃよ。

はぁ~~。それなら、するんじゃなかったね。

お爺さん、もう少し説明をお願いします。
ちゃんと聞かなければ、余計、悩みます。

そうじゃな。
では、説明するぞ。

「水雷屯」は、大成卦では、上卦に「水」、下卦に「雷」となっておる。
冷たい水の下に、草木があるが、伸びるに伸びれない状態じゃ。春は、間近なのに、まだ動けない、そういう状態じゃよ。物事の初期段階を言うんじゃよ。簡単に、片付くものではないのう。

お爺さん、さっき私が占った時の「爻(こう)」は、どうですか?
確か、対処法と言ってたでしょ。

おしとやかな女性を何とかしたい元気な女性。その傍で、おしとやかな女性は、心なしか涙ぐんでいます。

お爺さんは、二人を見つめながら言いました。

では、爻の説明をするぞ。
爻には、6つある。順番に言うぞ。

初爻:磐(ばん)垣(かん)たり。貞に居るに利(よ)ろし。侯を建つるに利(よ)ろし
動かない方が良い。

二爻:屯如(ちゅんじょ)、邅如(ていじょ)、馬に乗りて班如(はんじょ)。冦するに匪(あら)ず。婚媾(こんこう)せんとす。女子貞にして字(じ)せず。十年にして乃ち字す。
迷うが、待ち続ける方が良い。

三爻:鹿(ろく)に即(つ)きて虞(ぐ)なし。唯林中に入る。君子幾をみて舎(す)つるに如(し)かず。往けば吝(りん)。
深追いをしてはいけない。見切りを付けるべき。

四爻:馬に乗りて班如(はんじょ)。婚媾(こんこう)を求む。往けば吉。利(よ)ろしからざるなし。
2つの物の間で迷うが、自ら動かず、相手からの誘いに従うべき。

五爻:其の膏(こう)を屯(ちゅん)す。小貞(てい)なれば吉。大貞なれば凶。
力が足りないので、自ら動くのは避けるべき。

上爻:馬に乗りて班如(はんじょ)。泣血(きゅうけつ)漣如(れんじょ)たり。
最も、しんどい状況であり、忍耐するしかない。

まぁ、爻の説明は、こういう事になるのう。

と、言う事は、私の振ったサイコロの漢数字の目が、「四」だったので、自分では動かず、相手からの動きを待つ、と言うことでしょうか?

その通りじゃよ。
今の、モヤモヤした気持ちは、当分、引きずるのう。

今回の卦では、両方の会社からのアクションを待て、と言うことですか?

そうじゃな。
お嬢さんに、是非、来て欲しいと思っておる会社なら、必ず、動いてくる。

でも、両方から、同じ時期に、連絡が来たら、どうするのですか?

ふふふ・・・、
その時の、それぞれの会社の対応の熱意を感じるんじゃよ。
連絡を待っている間、自分なりにシュミレーションしておくんじゃ。
尋ねたいこと、不安に思っているあれこれを、いつ連絡が来ても、きちんと話していけるようにすれば、良いんじゃよ。「果報は寝て待て」、と言う言葉もあるが、「人事を尽くして天命を待つ」、べきじゃな。

それから、お嬢さん方に言っておきたいことがある。
占いには、同じ内容の事を、2回、占ってはいかん、と言うルールがあるんじゃよ。
「初筮(しょぜい)は告(つ)ぐ。再三(さいさん)すれば穢(けが)れる。穢るれば告げず」

分かって頂けるかのう?

初夏の風が、鴨川デルタに吹いています。鴨川デルタの柳の木が、優しく揺れています。川面は、太陽の光を反射してキラキラと光っています。向こうの「亀石」では、子供たちが、対岸に渡ろうとして、キャッキャと歓声を上げながら渡っているのが見えます。

二人は、黙ったまま、物思いにふけっています。きっと、お爺さんの言葉を、心の中で反芻(はんすう)しているのでしょう。

しばらく、3人は、そのままの状態でいましたが、おしとやかなお嬢さんが意を決したように立ち上がりました。

お爺さん、今日は、本当に有難うございました。
出会えて良かったです。
私、今日の出来事を忘れません。
時間を無駄にしないように、後ろ向きの悩みでは無く、前向きに悩みますね。

おお、嬉しい事を言ってくれるのう。
それが、生きていく事じゃしな。
元気なお嬢さんも、分かって頂けたかな?

勿論です。
もうすぐバイトの時間なので、今日は、これで失礼しますが、いつか、また、会って下さいね。
その時までに、私も就職を決めますから。

それでは、またの再会を期して、今から、みんなで、あの「亀石」を渡ろうかのう。
対岸に行けば、願いが叶う、と念じて、鴨川を渡るんじゃよ。
石を踏み外して、落っこちてはいかんぞ。
無事、渡られれば、願いは、必ず叶うと念じるんじゃぞ。

ふふふ・・・、私たちは、大丈夫ですよ。
お爺さんこそ、大丈夫ですか?

何を言う?
わしを年寄り扱いしおってからに・・・・
ふん、見ておれ!

鴨川デルタ
鴨川デルタと亀石

亀石
亀石

そうして、3人は、鴨川の西側から、東側へと「亀石」を渡ります。元気なお嬢さん、おしとやかなお嬢さん、そしてお爺さんの順番です。周りから見れば、不思議な組み合わせです。他の「亀石」を渡る子供たちや大人に混じって、笑いながら渡って行きます。気持ちのいい風が、亀石を渡る人たちに吹いてきます。

3人が互いに声を掛け合いながら、西岸まで渡り切った時、二人のお嬢さんは、驚きました。

後ろを振り返っても、お爺さんが居ないのです。慌てて、川面を見ましたが、誰一人、川に落ちていません。

周囲を見回しても、お爺さんは見当たりません。二人は、もう一度、東岸に戻り、糺(ただす)の森や下賀茂さんにまで足を延ばし、お爺さんを探しましたが、見当たりません。

途方に暮れた2人ですが、元気なお嬢さんのバイトの時間が迫っているので、止む無く、鴨川を後にすることにしました。

おしとやかなお嬢さんが、元気なお嬢さんに言いました。

私、また、会えるって信じてるから、お爺さん、大丈夫やと思う。
今度、会(お)うたら、また、色んな事、聞こな・・・。

そやわ。
きっと、また、ここらへんで会えるはずやし。
何か、そういう気、するし。・・・
ほんなら、またね。
お気張りやす!

こうして、二人のお嬢さんたちは、鴨川デルタのすぐ傍の、鴨大橋(かもおおはし)で別れました。

さて、その頃、あの不思議なお爺さんは、どこに居たのでしょうか?

あれれ、お爺さんは、こんな所に居ます。

ふぉふぉふぉ・・・、
やはり、豆餅は、美味かったのう。
また、食べたくなったから、もう一度、並んでおくとするかのう。
今度は、自分への御褒美じゃ。
おや、「みぞれ餅」、「おはぎ」や「お赤飯」も、美味そうじゃ。
迷うの~~~~う。・・・・

「ふたば」の前の長い行列に再度、加わっているお爺さん。とても甘党のようです。

でも、行列は、中々、進みません。すると、お爺さんの前の二人が、後ろを振り返りました。

お爺さん、並ぶのが大変でしょ。代わりに、注文を聞きますよ。買って来てあげます。その間、お店の斜め前の「青龍妙音弁財天さん」の所で、休んでもらってもいいですよ。後で、合流しませんか?

ほう、今日は、若い人に縁のある日じゃな。
それでは、お若い方々の御厚意に預かるとしようか。・・・・

こうして、お爺さんは、若い二人に注文を伝え、列を離れ、出町橋(でまちばし)西にある「青龍妙音弁財天さん」の所に行きました。中に入ったお爺さん、本堂の前で何やら呟(つぶや)いています。

おお、弁天さん、久しぶりじゃのう。
わしじゃよ、わし・・・
覚えておられるかのう?

お爺さんが、御本尊様に声を掛けると、突然、さぁ~~~と風が吹いてきました。

さて、さて、この後、どうなるのでしょうか?

龍
続く