【気学】「六十四卦物語ー4:山水蒙(さんすいもう)」

ここは、京都。河原町今出川を少し北に上がった所、鴨川に架かる出町橋(でまちばし)近くに、「青龍妙音弁財天(せいりゅうべんざいてん)」があります。易を操る、不思議なお爺さんが、そこの本堂で、御本尊さんである弁天さんと話をしているようです。お爺さんは、一体、弁天さんと何を話しているのでしょうか?

出町柳の「青龍妙音弁財天」さんの本堂で、不思議なお爺さんが、語り掛けています。

お爺さんの問いかけに対し、弁天さんは、御姿を現しません。でも、本堂から吹く風で答えていらっしゃるようです。

その様子だと、弁天さん、わしの事に気づいておられるようじゃな。・・・

ふ~~、今日は、色々あった日じゃったよ。
わしは、今、人を待っておる状態じゃ。
親切な若者たちが、わしの代わりに、「ふたば」の行列に並んで、豆餅やら何やらを買ってくれてるでな。

しかし、弁天さんも、昨今の「御朱印ブーム」で、毎日、大変じゃろ?
昔のように、のんびりは、出来ないじゃろな。
わしと同じじゃな。
人は、不安になればなるほど、神社仏閣に来るしな。
弁天さんも、わしも忙しい事に代わりなしよのう。・・・・

本堂の中からは、何も声がしません。でも、風が、そよそよと吹いて来ます。

そうか・・・、同意してくれておるんじゃな。
今日も、おそらく、この後、わしは、易を立てる事になると思う。
で、ちと、弁天さんの敷地の一角をお借りしても良いかのう?
裏の六角堂で構わないんじゃが・・・
あそこは、人があまり来ないので、都合がええんじゃよ。
構わんかのう?

すると、本堂の外の壁に飾られている大小様々な「巳(み・・・蛇のことです)」の額絵が、本堂からの風で、ガタガタと一斉に震えました。

やはり、駄目かのう。
ご神域での掟があるしのう。
まぁ、仕方ないのう。
それでも、今日は、久々に弁天さんに会えたから良し、としようかのう。

おや?・・・・わしの頼んだものを持って、若人たちが来たな。

二人のカップルが、ニコニコしながら、お爺さんの方にやって来ました。

お爺さ~~~ん、買ってきましたよ~~~~。
ほら、御所望の「豆餅、お赤飯、みぞれ餅」ですよ。
はい、これは、お釣りです。

ありがとう、ありがとう。
ほんに、優しいお二人さんじゃ。
彼女さんも、こういう彼氏さんを持って幸せじゃろ・・・・

えへへ・・・
でも、この人、ちょっと今、悩んでいるんです。

何じゃ?
こんなお爺さんでも良ければ、お聞きしたいもんじゃ。

え~~、恥ずかしいなぁ・・・・
大した悩みじゃないですし・・・

何、言うてはるん?
この間から、ずっと悩んではったやん!

ほう、彼女さん、ナイスなサポートをされるのう。
是非、聞かせて貰いたいもんじゃ。
お二人さんに時間があれば、わしに付き合って、鴨川を南に下りつつ、話をしまいかのう?

でも、恥ずかしいなぁ・・・・
見知らぬ人に、話、聞いてもらうんは・・・・

何、言うてるん?
「三人寄れば文殊の知恵」って言うし・・・・。
そないしょ、そないしょ、・・・

こうして、半ば強引に彼女さんに説得された彼氏さん。

その後、3人は、青龍妙音弁財天を離れ、鴨川の左岸を歩く事にしました。

出町柳の「鴨大橋(かもおおはし)」から、鴨川に降りて、河川敷を歩いています。

お天気の良い午後です。優しい風に吹かれながら、3人は、お爺さんを真ん中にして歩いています。

で、お悩みは、何じゃ?
ご結婚の事とかかな?

それは、まだ先の事なんです。
実は、仕事での人間関係が上手く行ってないんです。
僕、今、伏見の酒造会社で働いています。
日本酒の製造工場です。
最近、若い従業員の人たちのまとめ役となったのですが、どうもコミュニケーションが上手くいかなくて・・・
年上の人たちからは、「お前が、もっとしっかりやれ。」って言われるし。・・・
年下の人たちからは、何か距離を置かれていて・・・・

う~~~ん、これは、なかなかの悩みじゃな。
ところで、そこで働いて何年になる?

高校を出て、将来、うちの酒屋を継ぐために修行していますが、12年になります。

ふ~~~む。
職場の雰囲気が、あまり良くないんじゃな。
いじめとかも、起こっているのかな?

いえ、そこまでは行きません。
ただ、職場の雰囲気が、ギスギスした感じになっています。
年下の人たちは、頑張っているのですが、その中に時間にルーズな人が、一人居ます。
よく遅刻をします。遅刻と言っても、5分や10分くらいなのですが、週に一度はします。
仕事は出来る、いい奴なんだけど、そのせいか、他の若い人まで、就業時間ギリギリになって来るような感じになってしまってます。
それを見た年上の人たちが、僕に文句を言ってくるんです。
僕なりに、彼ら年下の人たちに対し、個別や全体での注意をしてはいるものの、効果が出なくて、どうしていいのか分かりません。

まるで、中間管理職みたいでしょ。
何とかしてあげて下さい。

そうか、職場の雰囲気を変えねばならんのう。
でないと、美味い酒も造れんのう。

それじゃぁ、彼氏さん、易と言うものを御存じか?

繁華街や神社やお寺さん近くなんかで、街頭で机ひとつに座っている易者さんを見かけた事があります。
筮竹(ぜいちく)を振って占うやつですか?

そうそう、それじゃ。
筮竹を振るのは、本格的なものを本筮法と言うが、他にも、中筮法・略筮法の、合わせて3種ある。
今日は、一番、簡易なサイコロを使った略筮法で見て進ぜよう。
筮竹でも、サイコロでも、心からの願いで易を立てれば、結果に変わりは無いもんじゃよ。

う~~~ん、変な結果が出るのが、怖いけど、今の問題を何とかしたいのも事実です。
お爺さん、お願いしてもいいですか?

勿論じゃ。
こうして知り合ったのも何かの縁じゃ。
あそこのベンチに腰を掛けて占ってみようかのう。

3人は、河原町今出川から、河原町丸太町の辺りまで歩いて来ました。この辺りの鴨川の河川敷は、所々にベンチが置かれ、様々な木々が大きな木陰を作っている、ゆったりとした広い場所となっています。多くの人々がベンチに座ったり、地面に腰を下ろしたり、三々五々して涼を求めている状態です。

3人は、お爺さん、彼氏さん、彼女さんの順番で、ベンチに腰掛けました。

お爺さんは、ベンチの上に、風呂敷を広げ、そこに3つのサイコロを置きました。

あら?
変わったサイコロですね。
漢字の書かれた八面体のが2つ。
漢数字の書かれた六面体のが1つ。
これが、占いのサイコロなんですか?

そうじゃよ。
易の略筮法(りゃくぜいほう)のためのサイコロじゃ。
今から、彼氏さんにサイコロを振ってもらうが、その時、気を付けねばならん事がある。
それはな、
願う事は、具体的にすること。
漠然とした聞き方では、はっきりとした結果が出ないぞ。
二者択一のような問い方が、良いぞ。
願う時は、心を落ち着け、一呼吸置き、集中すること。
良いかな?

はい、では、振ってみます。

そうして、彼氏さんは、サイコロを振りました。

4 山水蒙(さんすいもう)
山水蒙(さんすいもう)

漢字のサイコロの卦は、「山水蒙(さんすいもう)」と言う卦でした。

漢数字は、「 上(6) 」でした。

どうでしたか、お爺さん?
解決方法があるのですか?

どうですか?
結果を教えて下さい。

ふむ、ふむ。・・・・
彼氏さんの振ったサイコロは、なかなか厳しい卦となったようじゃな。

じゃぁ、今から解説するぞ。
易とは、森羅万象を、陰陽二元論、五行論で表すものじゃ。
故に、占う=卦を立てると、その卦は、上卦、下卦で陰陽の組み合わせが六十四あるので、その六十四の卦の中のどれかに該当する。それを読み解いていくものじゃ。

僕の出した卦は、何と言う卦なのですか?

六十四卦の中の「3番目」の卦で、「山水蒙(さんすいもう)」と言う。
これは、「蒙(もう)」と言う字が全てを述べておる。

端的に言うと、
蒙は亨(とお)る。我(われ)童蒙(どうもう)を求むるにあらず。童蒙我を求む。
初筮(しょぜい)は告(つ)ぐ。再三すれば瀆(けが)る。瀆るれば則ち告げず。貞に利(よ)ろし」

と言って、山の麓(ふもと)に霧のような水気が立ち込めて、周りがはっきり見えないぼんやりとした状態じゃ。
あくまでも基本は、漢字で書かれたサイコロの卦じゃよ。大成卦と言うんじゃ。
漢数字のサイコロは、爻(こう)と言って、簡単に言うと、出た大成卦に対する対処法じゃな。

初爻:「蒙を發(ひら)く。もって人を刑するに利ろし。もって桎梏(しっこく)を説く。以て往けば吝(りん)」
教育の初めは、厳しくしつけるのが良い。

二爻:「蒙を包(か)ぬ吉。婦を納(い)る吉。子(し)家を克(よく)す」
指導者は、上手くまとめることが出来る。

三爻:「女を取(めと)る用いることなかれ。金夫(きんぷ)を見て、身を有(たも)たず。利するところなし。」
このような女性と付き合ってはいけない。己の心を見直し、無知な自分を認めよ。

四爻:「蒙に困(くる)しむ。吝(りん)」
無知で苦しんでいる状態。謙虚になれ。

五爻:「童蒙(どうもう)吉(きち)」
高い地位にあっても、立場の下の者に教えを乞うべき。

上爻:「蒙を撃つ。冦(あだ)を為すに利あらず。冦を禦(ふせ)ぐに利あり」
下の者を指導すべき立場にあっても、己の意を通さず、下の者を守れ。

じゃあ、僕は、上爻になるのですか?
今でも、上手くいってないのに、どうすれば、下の彼らを守ってやれるのでしょうか?
全く、自信がありません。
困ったなぁ・・・・

そうじゃなぁ・・・
目下の者を率いていかねばならん彼氏さんは、どうしたい?

勿論、彼らの模範になるようしなければならないし、頼られる自分でありたいです。

ふふん?・・・
そういう彼氏さん自身は、どうじゃ?
仕事が楽しいかのう?

うっ・・・
最近は、楽しくありません。
上と下に挟まれて、縮こまってる感じがします。
自分より他人の事ばかり気になります。

お爺さん、この人は、最近、私と居ても、愚痴が多いです。
私も、彼の悩みについては、聞いています。
私も、仕事をしているので同感する所もあります。
何とかならないでしょうか?

ほほほ・・・
簡単に解決出来るぞ、この手の事は・・・

えぇ~~~・・・
それって、本当ですか?

そのための「上爻」じゃよ。
相手を動かしたければ、徹頭徹尾、相手の立場にならねば解決出来んぞ。

遅刻しろって、ことですか?

何、言ってるの?
遅刻する人の原因を突き止めるのよ。

甘い、甘いのう~~~。
原因を突き止めても、それだけで終わる。
それは、解決と言わんな。
その次じゃよ。その次が、肝心なんじゃ。

その次って?
まさか、僕が、彼らのお世話をし続けるのですか?
学校のように、毎朝、迎えに行くのですか?

ははは・・・大分、メンタルをやられているのう。
あのな、人を育てるには、秘訣がある。
簡単な事なんじゃが、続けるのには根性が要る。
彼氏さんは、出来るかな?

何か、良く分かりませんけど、試したいです。
是非、教えて下さい。

では、教えて進ぜよう。
彼氏さん自身が変わることじゃ。
自分で自分を点検し直すんじゃ。
さすれば、今まで気付かなかった事が見えてくる。
例えば、自分自身の時間の使い方、仕事の進め方、人との付き合い方、色々あるぞ。
そういう自己点検をしたら、相手へのアプローチが、見えてくる。
「他人は、鏡」と言うじゃろ?

その言葉は、聞いたことがあります。
つまり、僕の目の前の悩みは、僕自身の課題と言うことですね。

そうとも言えるのう。
人は、常に悩み=課題から逃れられん。
これは、悩みの内容こそ変われども、一生涯、続く。
それが生きることじゃしな。
その時々の悩みに、どう対処して行くかが、その人の、人間の有り様、つまり、器の大きさを決めていくんじゃよ。

おっと、抽象的な答えになってしもうたかのう?
具体的に、どうするかは、自分で考えねばならん。
例えば、わしが、「遅刻する奴に、毎朝、ラインをするべきじゃ。」と言ったとしよう。

それで、彼氏さんが、その方法のとおりにすると、たとえ上手く行っても、彼氏さんは、本質的なところである精神的な成長をせんよ。いつか、また、同じ目に遭うだけじゃな。
 
サイコロが教えてくれている大成卦と上爻を、自分なりに解釈し、実行すると言うことじゃ。
山水蒙と上爻。
靄(もや)に包まれた現状の打破には、相手の立場に立つしかない。
相手の立場に立つには、自分を変えて行くしかない。

お分かりかな?

今、ちょっと混乱しています。
相手の立場に立つ、自分を変える。
これは、難題です。
一朝一夕に出来ませんね。
う~~ん、難しいですね。

大丈夫、大丈夫!
私が付いているから・・・

ふぉふぉふぉ・・・
頼もしい応援団さんも居るから、恐らく、大丈夫じゃろ。

時間は掛かっても、何とかしたいと言う気持ちさえあれば、変えられるぞ。
心底、頑張っていれば、その熱意は、相手に伝わるもんじゃよ。

さぁ~~~て、お餅を食べようかのう?

彼氏さんは、ずっと鴨川の流ればかり見ています。

彼氏さんは、ずっと鴨川の流ればかり見ています。

彼女さんは、そんな彼氏さんに対し、何も言わず、しばらくじっとしていました。

彼女さんは、そんな彼氏さんに対し、何も言わず、しばらくじっとしていました。

そして、お爺さんの方をむいて言いました。

お爺さんって、深みのある物言いをされる方ですね。
この人、悩みの沼にはまってしまったみたいです。
お爺さんの言葉が、心に刺さって、さっきから自分の世界に閉じこもっていますよ。

それで、ええんじゃよ。
こういう時は、放っておくのが一番。
さぁ、わしらは、楽しくお餅を頂こうな。
おっと、お茶が無いのう。
今度は、わしが買ってこよう。
待ってておくれ。

こうして、お爺さんは、丸太町橋の所から上に上がり、お茶を買いに行きました。

彼氏さんは、何も話しません。ずっと考え事をしています。

彼女さんは、彼氏さんの傍で、そのまま何も言わずにいました。

二人の周りには、河川敷を行きかう人々や、ベンチで休憩を取っている人が居ますが、その顔ぶれも、時間の経過と共に変わって行きます。

どれほどの時間が経ったでしょうか?

お爺さんは、戻って来ません。

彼女さんは、心配になって、遂に、彼氏さんに対し、尋ねました。

ねえ、お爺さん、戻って来ないよ。
探しに行こう。
心配になってきたわ。

そやな。
何か知らんけど、今までずっと考え事をしてしもた。
ごめんな。
ほんなら、行こうか・・・

二人が、ベンチから立ち上がった瞬間、急に雨が降ってきました。夕立ちのような雨です。近くの大きな木の木陰に入り、雨の止むのを待つ事にしました。

雨は10分ほどで止みましたが、その間、降っていた雨は、横殴りに降り、前がはっきり分からないくらいの激しい雨でした。

やっと雨が止みました。

二人は、雨上がりの鴨川や河川敷を見ました。

鴨川は、水かさを増して流れています。

河川敷は、所々、水たまりが出来て、ぬかるみになっています。

でも、二人がさっきまで座っていたベンチだけは、雨に降られた跡がありません。乾いたままです。

おまけに、ベンチには、お茶のペットボトルが2つ置かれています。

二人は、びっくりしました。今まで、全く気付かなかったのですから。

これ、見て!
御茶やん。
この御茶、お爺さんが置いていかはったんと違うやろか?

まさか、そんなこと無いよ。
ほんでも、雨が降ったのに、雨の跡の無いベンチは、おかしいなぁ・・・・
何かのトリックかなぁ?

何、言うてるのん?
きっと、お爺さんの置き土産やわ。
お爺さんは、人間と違う。
そう思わんと、ペットボトルとベンチの謎が解けへんやん。

そうかなぁ・・・・・
僕は疑り深いから、そういう結論には着いていけへん。
でも、不思議やな?・・・
一体、お爺さんは、何者やったんやろ?

よう分からんけど、詮索しても、きっと無理やと思う。
これは、一種の超常現象やん。
きっと、あのお爺さんは、神様の御遣いさんやわ。
困ってる人を見て、神遣わしはったんや。

ふ~~~ん。
反論したいけど、目の前のベンチを見たら、反論出来へん。
今日は、不思議な事があったし、
そう捉える事にした方が、ええと言う事にしよか・・・・

でも、また、会いたいなぁ・・・・
もっと聞きたい事があるし。

その後、二人は、お爺さんに、もしや会えるかもしれないと思い、丸太町橋の周囲を行ったり来たりしましたが、会えませんでした。

夕闇が訪れる頃、二人は、やっと、お爺さんを探すのを諦めました。

そして、大切に御茶を持ち帰る事にしました。

丸太町橋からの去り際、二人は、橋の上から鴨川を見て、同じ事を思いました。

(お爺さん、ありがとう・・・・)

その時、比叡山の方で、雷鳴が小さく鳴り響いたのを、二人は気づきませんでした。

龍
続く